本土最東端・納沙布岬へ
納沙布岬へと続く道は、これまで走ってきた道とはまた違う独特の雰囲気を持っていた。
風連湖の手前から見えたように、岬周辺は土地が平坦で起伏が少ない。

農地や牧草地、低木の原野が広がる中を走っていると、突如として窪地や沼が現れる。
そうしてひたすら車を走らせ、ついに本土最東端の地、納沙布岬に到達した。

背後にある展望塔は休業していた。

この平坦な地形を考えれば、上からの眺望はさぞかし素晴らしかっただろう。
少し岬に沿って歩いてみる。

納沙布岬にたどり着いたという実感が湧いてくる。

海側の視界は広く開けており、見晴らしが良い。


ここから、歯舞群島の島影をはっきりと確認することができた。

北方領土返還への強い思いと様々な碑
岬の周辺には、北方領土返還を願うモニュメントや碑が無数に建てられている。

ここを歩いていると、返還を目指す人々の並々ならぬ強い意気込みがひしひしと伝わってくる。



全国各地から送られた石が敷き詰められた道もある。

そして、巨大なシンボル「四島のかけ橋」。

宗谷岬の時と同じように、ここでも海外からの観光客に写真撮影を頼まれた。ベストな構図を探りながら、シャッターを切る。
彼らや世界中の人々は、この北方領土問題についてどう感じているのだろうか。そもそも、問題自体を知らない人の方が多いのかもしれない。
日本人の私自身、羅臼から肉眼で国後島を見るまでは、この問題に強い関心を持っていなかった。いや、正直に言えば無関心だった。
しかし、道東の海岸線を走り、数々の展示や碑を目にした今、彼らの熱意が確かに心に響いている。
複雑にこじれた国際問題は簡単には解決しない。だからこそ、こちらの正当性を主張し続け、まずは一人でも多くの人に「知ってもらう」ことが重要なのだ。この納沙布岬が観光地として人を惹きつけることには、大きな意義があると思う。
北海道一周の軌跡を振り返る
車に戻り、今日一日、そしてこれまでの旅を静かに回想する。
朝は霧の羅臼市街を歩き、クジラの見える丘公園や郷土資料館を巡った。




そして、ずっと夢見ていた野付半島で地の果てのような景色に出会い、ついにこの納沙布岬まで辿り着いたのだ。



本土最東端に到達したというのに、淡々と車を走らせてきたせいか、驚くほど感慨は薄い。
小樽を出発し、最北の宗谷岬を越え、ここまで途方もない距離を走ってきたはずなのに、「大変だった」という疲労感よりも、「あっという間だった」という感覚の方が強い。
それよりも今の私を支配しているのは、「来てしまった」という一抹の寂しさだ。
納沙布岬に着いたということは、この北海道一周の旅が確実に終盤へ向かっていることを意味する。
訪れたかった場所、見たかった景色が一つずつ消化され、過去のものになっていく。

これまで北海道で見てきた風景は、日常では決して出会えない圧倒的なものばかりだった。


この先、あとどれだけの素晴らしい景色に出会えるだろうか。
快適な車中泊のリアル
今日はこのまま、納沙布岬の駐車場で夜を明かすことにした。
他にも数台、同じように車中泊をしている車がいる。
車内のアシストグリップにフック付きロープを張り、銭湯で使ったタオルを干しておく。

乾燥した車内なら、半日もあれば乾いてしまう。

寝る時は、窓をわずかに開けておくのが鉄則だ。締め切ると空気がこもり、翌朝にはひどい結露に悩まされることになる。
北海道の6月は場所によっては意外と暑いので、風が通るようにしておけば快適に眠れる。虫が入ってきて困ったことも特にない。
目隠しのカーテンなども使っていない。寝姿を外から見られたところで、特に減るものでもないからだ。
寝床はシンプルだ。

キャンプ用マットを敷き、寝袋を掛け布団のようにして使う。中に入って包まると暑すぎるのだ。
車内の匂い対策として、北見のハッカ記念館で買った薄荷脳(ハッカの結晶)を布に包んで吊るしている。これだけで爽やかな香りが広がる。

夕飯は根室のコンビニで買ったお弁当だ。残りは明日の朝食に回す。

スマホとカメラを充電器に繋ぎ、明日のルートを考える。

スマホは猿払のあたりから通信制限がかかっており、ほとんど役に立っていなかった。道の駅もフリーWi-Fiがあまり繋がらない。設定の仕方が悪いのだろうか。
そういえば、納沙布岬は離島を除けば本土で最も早く朝日が昇る場所だったはずだ。
明日の朝は、素晴らしい日の出が拝めることを願いながら、寝袋に潜り込んだ。