絶景を求めて幌延ビジターセンターへ
トナカイ観光牧場を出発し、次に向かったのは幌延ビジターセンターだ。
どこまでもまっすぐに見通せる、北海道らしい開けた道を突き進むと、センターの駐車場が見えてきた。

すぐそばには大きな展望塔がそびえ立っている。
後でぜひ登ってみよう。
ふと見上げると、道路の上に赤い矢印の標識が連なっている。
これは積雪時でも道路の端が分かるようにするための「固定式視線誘導柱」だ。

私は豪雪地帯である新潟で暮らし、雪道運転の経験はそれなりに積んでいるつもりだ。
それでも、冬の北海道でステアリングを握りたいとは思わない。
テレビで北海道の過酷な雪景色を見るたび、運転の大変さは想像できる。
いや、きっと実際のところは、私の想像をはるかに超える過酷さなのだろう。
到着したビジターセンターは、どうやら外装工事中のようだった。

休館かと一瞬焦ったが、入り口は開いておりホッと胸をなでおろした。
ビジターセンターで湿原の成り立ちを学ぶ
館内では、周辺の長沼やパンケ沼など、サロベツ原野に関する詳しい情報を得ることができる。

湿原に生息する花や動物の展示が充実しており、見応えがある。

特に興味を惹かれたのが、泥炭(でいたん)の展示だ。

枯死した植物が完全に分解されずに堆積し、炭のように変化したものらしい。
この泥炭が、広大な湿原を形成する土台となっているのだ。
2階の展望室へ上がってみた。

大きな窓からは、センター周辺の下サロベツ原野を一望できる。

館内の案内図を確認すると、現在はセンターから長沼までしか遊歩道が通じていないようだ。

その先のパンケ沼へ続く道は、残念ながら通行止めになっている。
一通り見学を終え、センターを出て長沼へと歩を進める。
木道を歩き、長沼の豊かな湿原へ
センターの脇道から、奥の長沼へと続く木道が伸びている。

周囲の緑と調和した、とても雰囲気の良い木道だ。
歩き始めると、四方から様々な野鳥のさえずりが聞こえてくる。
カッコウののどかな声と、ウグイスの澄んだ鳴き声は私にも判別できた。
ふと木立を見ると、声の主であるウグイスの姿を発見した。


足元に目を落とすと、ハンノキの球果と思われるものが落ちていた。

木道に設置された解説板によれば、ハンノキは過酷な湿原環境で生育できる唯一の植物だという。
遊歩道沿の解説板を追って歩くだけで、湿原の生態系に少し詳しくなれるのが嬉しい。


春の味覚として知られるゼンマイも、ここでは湿原の環境を知るための指標植物になるらしい。

ゼンマイの育ち具合を見ることで、その場所の湿地としての状態が推測できるのだという。
自然のサインは奥深い。

長沼のすぐ傍を通り抜ける。
水面が空の青を反射して美しい。


見渡す限り、豊潤な生命力を感じる湿原が広がっている。



澄んだ空気の中、この景色の中をただ歩いているだけで心が満たされていく。


やがて木道の先端に行き着いた。
少し開けたスペースになっており、先客が熱心に野鳥の写真を撮っていた。
天気が良ければここから利尻富士の雄大な姿が望めるそうだが、今日はあいにく薄靄がかかっており、山の稜線が見えるような見えないような、もどかしい景色だった。

ふと、今歩いてきた道を振り返る。

はるか遠くに、駐車場脇の展望塔が小さく見えた。
野鳥たちの楽園でバードウォッチング
周囲の草むらから、絶え間なく鳥のさえずりが聞こえてくる。
せっかくなので、足をとめて鳥の姿を探してみることにした。
草の先に、小さな姿を見つけた。

カメラの300mmレンズにコンバーターを装着し、精一杯ズームしてシャッターを切る。

特徴的な羽の色からして、おそらくカワラヒワだろう。
旅から帰った後、撮った写真から鳥の名前を調べるのも楽しみの一つだが、そんな時にGoogleレンズは大活躍してくれる。
視線を移すと、もう一羽別の鳥を発見した。


画像で確認すると、どうやらコヨシキリのようだ。
力いっぱい鳴いている姿が愛らしい。
しばらく時間を忘れて野鳥を探した後、名残惜しさを感じつつ来た道を戻ることにした。





帰り道でも、ノビタキの姿をカメラに収めることができた。

展望台から見渡すサロベツ原野の大パノラマ
心地よい疲労感とともに、駐車場まで戻ってきた。
休む間もなく、次は先ほど下から見上げた展望台に登る。

階段の段数は多く、息が上がる。思いのほかきつい。


太ももの張りと闘いながら、ようやく天辺にたどり着いた。
吹き抜ける風が心地よい。
眼下には、さっきまで自分が歩いていた一筋の木道と、長沼の水面が小さく見える。


視界を遮るもののない、ただただ広大な景色。

これほどまでスケールの大きな風景に、本州でお目にかかることはできるだろうか。
やはり北海道はでっかい。

遠くの牧草地では、牛たちがのんびりと放牧されている。

牧歌的。まさにこの景色を表現するためにあるような言葉だ。


壮大なパノラマを目に焼き付け、私は展望台を下りて車へと戻った。