熊出没注意!一本山展望タワーへの道のり
道の駅 なかさつないで腹ごしらえを済ませ、次の目的地である「一本山展望タワー」へと向かう。
実はこの展望タワーも、私が北海道一周の中で「絶対に訪れたい」と熱望していた場所の一つなのだ。
整備された道道を途中で外れ、山奥へと続く細い砂利道へ入っていく。
道はどんどん高度を上げ、深い山の中へと分け入っていく。他の観光客の車はまったく見当たらず、人の気配が完全に消えた。
未舗装の細い道幅だが、所々にすれ違い用の待避所が設けられているため、対向車が来てもなんとかなるようには作られている。

途中で一台だけ、林業関係のものらしきトラックが対向から下ってきたので、慌てて小さな路側帯に頭を突っ込んでやり過ごした。
砂埃を上げて走り切り、ようやくタワー下の駐車場らしきスペースに到着した。

車で行けるのはここまで。ここから先は自分の足で登らなければならない。
入り口にはお馴染みの「クマ出没注意」の物騒な看板が立っており、周囲の静けさと相まって緊張感が高まる。
展望タワーの根元にたどり着くまでに、鬱蒼とした森の中の階段をいくつも登っていく必要がある。

昨日からの蓄積疲労が足にきており、一段登るごとに息が切れる。「まだ着かないのか……」と泣き言が漏れ始めた頃。
木々の隙間から、巨大な鉄塔の姿が見えてきた。


近くで見上げると、とんでもなく高い。

ここまで登ってくるのにも相当な階段をこなしてきたというのに、さらにこの螺旋階段を登らなければならないのか。絶望感に襲われたが、気合を入れ直して一段ずつ足を持ち上げる。

ゼーゼーと荒い息を吐きながら、ついに展望タワーの頂上デッキに到着した。

遠望する日高山脈と、憧れの「カムエク」
タワーの頂上からは、北海道の背骨と呼ばれる「日高山脈」の雄大な山々を大パノラマで遠望することができる。


山脈の上部には重たい霧が垂れ込めており、どれがどの山なのかシルエットがはっきりとしないのが少し残念だ。
だが、方角から推測するに、おそらくこの左奥にある頂上が霞んでいる山が、日高山脈第二の高峰「カムイエクウチカウシ山」のはずだ。

この「カムエク」の姿をこの目で一目見るためだけに、わざわざルートを外れてこの山奥の展望タワーまでやってきたのだ。

日高山脈の北側の風景。

山脈の反対側を振り返ると、どこまでも平坦な十勝平野が広がっている。

こちらが帯広市や中札内村の方角だ。

平野の真ん中を白く光りながら流れているのが札内川で、その奥に広がるのが中札内の集落だろう。

タワーの東側の景色。

眼下に見えるのは、ここへ登ってくる前に通った上札内のエリアだと思われる。

さらにそのずっと奥に霞んで見えるのが、更別村のはずだ。

デッキをぐるりと回り、南東側へ。

これで日高山脈の方角まで、360度のパノラマを一周してきた。

念願だったカムエクや日高山脈の姿を、ついにこの目に焼き付けることができた。
ただ、正直な感想を白状すると、私は日高山脈というともっとアルプスのような、「岩肌がむき出しになった鋭利な峰々が天を突くようにそびえ立っている風景」を勝手に想像していたのだ。
しかし、このタワーから遠望した日高山脈は、鬱蒼とした緑に覆われた小高い丘が連なっているだけのように見えた。
「これなら特別な装備がなくても、ハイキング気分で一足で簡単に登れそうじゃないか」と、浅はかな考えが頭をよぎる。
もちろん、人を寄せ付けない大自然の奥地であり、実際に足を踏み入れれば想像を絶するほど過酷な登攀になることは分かっているのだが。
タワーからの絶景を目に焼き付け、駐車場へと戻る。

静寂に包まれた森の中で、車のドアを閉める「バタン」という無機質な音がやけに大きく木魂した。
カムイエクウチカウシ山への畏怖
ここからは少し登山の余談になる。
一年前、自分の車で北海道を一周しようと決意した時から、「せっかくなら北海道の有名な山にも登ってみたい」と思い、登山ガイドブックを買ってずっと眺めていた。
ページをめくる中で強烈に目を惹きつけられたのが、この「カムイエクウチカウシ山」、通称「カムエク」だった。
なぜこの山が気になったのかと言えば、ずばりその呪文のような長くて不思議な名前に惹かれたからに他ならない。ガイドを何度も見返しているうちに、どうしてもこの山に挑んでみたいという欲求に駆られたのだ。
ちなみにアイヌ語でカムイエクウチカウシとは、「ヒグマ(カムイ)も転げ落ちるほど険しい山」という意味らしい。非常に覚えにくい名前だが、意味を知るとすんなり頭に入ってくる。
しかし、カムエクは日帰りできるような易しい山ではない。道なき道を行き、一般的にはテント泊で2〜3日を要する難所だ。
札内ダムの近くに車を停めて沢沿いに遡上し、途中で支流の八ノ沢へと入り込んで山頂を目指す過酷なルートである。
そして、この山を語る上で避けて通れないのが、過去に起きたヒグマに関わる悲惨な死亡事故だ。
昭和45年、この山で「福岡大学ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件」という、登山史に残る痛ましい事件が起きている。(詳細はWikipedia等の記録に詳しい)。
山頂へと至るルート上にある八ノ沢カールには、犠牲になった若き登山者たちの慰霊碑がひっそりと建てられているという。
当初はこの山への挑戦も夢見ていたが、昨今は本州でもヒグマやツキノワグマの凶暴なニュースが連日報じられており、単独行の私には恐ろしすぎた。
今回はこうして展望タワーからその雄大な姿を眺めるだけで、十分に満足することにした。
分厚い霧の向こうに隠されたカムイエクウチカウシ山。

その神々しくも恐ろしい山頂は、最後までその全貌を私に見せてはくれなかった。

荒れ狂う黄金道路と百人浜
日高山脈を一望できる一本山展望タワーを後にし、再び南下を再開する。

時計を見ると、現在は14:00を回っている。
これから北海道最南端の襟裳岬へ行き、さらに太平洋側を折り返して今日中に三石(みついし)の道の駅まで行こうと考えていたのだが、時間的にかなり微妙なラインだ。
途中の観光も加味すると、相当無理のあるスケジュールになってしまう。
朝から階段ばかり登らされて体力的にも限界が近く、「今日はもうこの辺で休みたい……」という弱音が漏れる。
「……いや、行けるところまで行ってしまおう!」
気合を入れ直し、アクセルを踏み込んで襟裳岬へ向けて無心で車を走らせた。
内陸から太平洋の海岸沿いの国道(通称:黄金道路)に出た。

途方もない建設費がかかったことからその名が付けられた「黄金道路」だが、名前の華やかさとは裏腹に、海は恐ろしいほど荒れ狂っている。

襟裳岬一帯は、強風が吹き荒れることで全国的にも有名な場所だ。
岬に近づくにつれて容赦ない強風が車体を揺らし、波はしぶきを上げて防波堤に叩きつけられている。

海岸沿いをひた走り、「望洋台」というビュースポットに到着した。

車を降りると、全身に潮の強い匂いがへばりついてくる。
いかにも大物が潜んでいそうな岩礁帯だが、これだけ波が荒れていては釣り糸を垂らすことなど到底不可能だ。

この荒々しい海が、穏やかな凪を見せる日などあるのだろうか。

背後にそびえる日高の山肌も、重苦しい霧にすっぽりと覆われている。

さらに南へ向かって走り続けると、左手に広い駐車場を見つけた。
ここから海岸の砂浜まで歩いて行けるようだ。
日が暮れる前に早く襟裳岬に着きたいところだが、「せっかくだから」と思い寄り道していくことにした。

ここは「百人浜」と呼ばれる長大な海岸線だ。
奥には周囲を見渡せる展望台も建っているらしい。

先客が一人だけ歩いているのが見えた。

先客は展望台の方へ向かっていったので、私は先に砂浜の方へと降りてみることにする。

海に近づくにつれ、風が暴力的なほどの強さに変わった。

北海道のあちこちの端っこを巡ってきたが、「地の果て」という言葉の重みを一番肌で実感したのは、ここ襟裳岬周辺の荒涼とした風景を前にした時だった。

海岸線のずっと先、霞の向こうに見えるあの先端が、目的地の襟裳岬だろうか。

強風に煽られながら砂浜を引き返し、展望台へと向かう。





展望台の上階の窓から、強風にさらされることなく安全に外の景色を見渡すことができた。



一通り景色を目に焼き付け、いよいよ最後の目的地である襟裳岬へと向かう。
