萱野茂 二風谷アイヌ資料館へ
平取町立の博物館を満喫した後、引き続きそのすぐ近くにある「萱野茂(かやの しげる) 二風谷アイヌ資料館」を訪れた。

萱野茂さんはここ二風谷のコタンで生まれ育ち、失われつつあったアイヌ文化の記録と保存に生涯を捧げた偉大な人物である。
国会において初めてアイヌ語で質問を行った国会議員としても有名であり、アイヌの民話や文化に関する多数の著作を残している。
私も北海道へ旅立つ前、彼の著書を含め、アイヌ関係の文献に色々と目を通していた。

今回の車中泊の旅にも、数冊を持ち込んで夜な夜な読んでいる。
アイヌのウエペケレ(昔話)を読んでいると、自然界のすべてのものに神(カムイ)が宿ると考える、彼らの広大で謙虚な精神性に深く心を打たれるのだ。
以前の日記にも書いたが、本気でアイヌのような囲炉裏のあるチセを建てて、自然の息吹を間近に感じながら暮らしてみたいという憧れがある。
資料館の中へと足を踏み入れる。

先ほどの町立博物館と比べるとこぢんまりとした個人館という佇まいだが、萱野茂氏が半生をかけて収集した民具のコレクションが所狭しと並べられており、展示の熱量は圧倒的だ。

これは鮭の皮を縫い合わせて作った「魚皮衣(チェプウル)」だ。

寒さをしのぐための非常に丈夫な素材だが、作るのには途方もない労力が必要だろう。


一角には、チセの内部を再現した生活スペースが展示されている。

本当に憧れの空間だ。この囲炉裏の火にあたりながら、パチパチという薪の音だけを聞いて、一日中静かに本でも読んでいたい。
アイヌ文化と鮭(カムイチェプ=神の魚)は、食料としても精神的な面でも切っても切れない深い関係にある。


チセを大勢で建築している貴重な古写真があった。

以前、苫前町の郷土資料館で見た解説文によれば、「チセはコタンの皆で協力すれば、一週間足らずで建てることができる」と書かれていた。
「一週間足らず」という字面だけを見て、勝手にテントのように簡単に作れるイメージを抱いていたのだが、こうして写真で骨組みを見ると、やはり相当な重労働を伴う大がかりな共同作業だ。
世界の先住民族と『デルスウ・ウザーラ』
資料館の二階へと上がる。

ここにはアイヌの品だけでなく、萱野氏が交流を深めた世界各地の先住民族の貴重な道具が展示されている。

フロアの奥には、萱野茂さんの書斎が見事に再現展示されていた。

膨大な蔵書に囲まれた、知の集積地といった風情だ。
なぜか巨大なエンペラーフィッシュの剥製が。


壁際には、中国の「赫哲(ホジェン)族」の生活を描いた絵画がたくさん展示されていた。

アムール川流域(中国からロシアにまたがる地域)には「ナナイ」という少数民族が暮らしており、中国側では彼らのことを赫哲族と呼ぶのだそうだ。
余談だが、北海道から帰った後にこのナナイ族について調べてみたところ、かの有名な文学作品『デルスウ・ウザーラ』の主人公であるデルスウも、このナナイ族の出身であったことを知った。
デルスウ・ウザーラは、ロシアの探検家アルセーニエフが記したシベリア探検記の中に登場する実在の凄腕の猟師だ。黒澤明監督によって映画化もされているので、名前を知っている人も多いだろう。
アイヌ文化との繋がりを感じてデルスウという人物に強烈に惹かれ、アルセーニエフ著の『デルスウ・ウザーラ沿海州探検行』(東洋文庫)を実際に買って読んでみた。

猟師であるデルスウは、過酷なタイガの自然に誰よりも精通し、野生を生き抜く超人的なサバイバル術を持っている。しかし彼の真の魅力は、技術だけではなく、自然界のあらゆるものに敬意を払う「極めて高い精神性」を持ち合わせている点にある。
彼はアルセーニエフの探検隊に道案内として同行し、幾度となく隊員たちの命を救う活躍を見せる。
だが、生涯を自然と一体化して生きてきたデルスウは、文明化された都市の生活にどうしても馴染むことができず、最後はやりきれない悲劇的な結末を迎えることになるのだ。
その生き様は、アイヌの精神世界とも重なり、非常に美しく、また考えさせられるものだった。
さて、二階の見学に戻ろう。

これはオーストラリアの先住民、アボリジニの独特な絵画だ。

木彫りの大きなカエル。「このカエルを撫でると無事にカエル(帰れる)」というダジャレめいたジンクスがあるらしいので、しっかり撫でておいた。

インドの民族資料の展示。

いつか広大なインドの大地もじっくりと旅してみたいものだ。
天から役割なしに降ろされたものはひとつもない
二階をじっくりと見終え、一階へ降りて奥の展示室へ向かう。

日常会話で使われるアイヌ語のフレーズが、分かりやすくパネルで紹介されていた。

「タント ヘマンタ ア・エ(今日は何を食べようか)」。響きがなんだか可愛らしい。
萱野茂さんの肖像写真や、アイヌ文化復興における多大な功績が詳細に展示されている。

当時のアイヌの人々の生活を写したセピア色の写真。

失われた時代の空気を今に伝える、非常に貴重な史料だ。

ヤナギなどの木を薄く削り、カールさせて作る「イナウ(木幣)」の展示。
イナウは神(カムイ)への祈りや供物として欠かせない神具であり、囲炉裏のそばや丸木舟の舳先など、人々の生活の至る所に大切に奉られている。

こういったアイヌの敬虔な「祈りの文化」は、本当に尊く素晴らしいものだと思う。
今回の旅で北海道の広大な山や海などの圧倒的な自然に触れていると、理屈ではなく、ただひたすらに自然に対して畏怖し、「祈りたくなる」という彼らの気持ちが痛いほどよく分かるのだ。
壁のポスターに、『ゴールデンカムイ』の作中にも登場した有名なアイヌの言葉が載っていた。

カント オロワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム
(天から役割なしに降ろされたものはひとつもない)
歳を取り、「自分の人生の役割とは一体何だろうか」と、ふと立ち止まって考えることが多くなった。
この言葉は、そんな迷いのある心に深く、静かに突き刺さる。
深い余韻に浸りながら、資料館を後にした。
「スイ ウ・ヌカラ・アン ロー(またお会いしましょう)」。
