予定変更とオロンコ岩の絶景
知床観光船が途中で引き返してしまったため、案内所の窓口で規定通りの払い戻し金を受け取った。
駐車場へ戻り、少し早い時間になってしまった今後の予定を再確認する。
本当なら昼過ぎまで船に揺られ、知床岬の先端を海から眺めているはずだった。
「せっかくここまで来たのだから、今日はウトロにもう一泊して、明日またクルーズ船にリベンジ乗船しようか」という思いも頭をよぎる。
ここで足止めを食う形にはなるが、ウトロ周辺には他にも見どころが多いため、それも悪くない選択肢かもしれない。
とりあえず、今はウトロ周辺の観光地を歩いて巡ろう。
まずは、駐車場のすぐ横にそびえる「オロンコ岩」に登ってみることにした。

岩肌を見ると、無数の海鳥たちの住処になっているようだ。

このオロンコ岩には急な階段が設置されており、歩いて頂上まで登ることができる。

入り口の立て看板によると、「オロンコ」とは「そこに座っている岩」を意味するアイヌ語に由来するそうだ。


想像以上に階段の傾斜がきつく、息が切れる。

標高自体は低いので、普段地元・新潟で登っている山々に比べれば大したことはないはずなのだが、運動不足の体にはやはり辛い。
頂上付近まで登り切ると、視界が開けてとても眺めが良い。
……のだが、やはり霧の影響で、ふもとの景色が白く霞んでしまっている。

オロンコ岩の遊歩道と松浦武四郎の碑
平らな頂上部分には木道が整備されており、ぐるりと一周しながら360度の景色を楽しめるようになっている。
町営駐車場を見下ろす方角。

右奥に見えるのが、先ほどまで乗っていた観光船おーろらの船着き場だ。
頂上の草地には、黄色いエゾカンゾウなどの高山植物が所々に咲いており、風情がある。

ウトロの町並みを見下ろす。

写真の中央辺りにある大きな岩は、画像だと分かりにくいが実は2つの岩に分かれている。手前の長細い形をした岩は、そのシルエットから「ゴジラ岩」と呼ばれている名物だ。
まさに「北の果ての港町」といった寂寥感のある風情だ。

鬱陶しく思っていた霧も、こうして高台から眺めると、景色に深みを与える良い味を出している。



オロンコ岩の上をのんびりと一周し、急な階段を慎重に下りた。
駐車場の一角に戻る。

そこには、幕末の探検家である「松浦武四郎翁」の立派な顕彰碑が建てられていた。

彼は北海道の名付け親とも言われ、未開の蝦夷地・千島・樺太を命がけで探検し、膨大な記録資料を残した偉人だ。
傍らの看板には、武四郎翁が詠んだ歌が紹介されていた。
野に伏して眠る旅の孤独と覚悟を詠んだ、探検家らしい力強い歌だ。このような達観した境地に至るには、旅という非日常が「日常」になるほど、過酷な道を歩き続けなければならないのだろう。
松浦武四郎が北方の旅を始めたのは1845年ごろ。日本はまだ江戸時代である。
もちろん自動車など存在するはずもなく、道すら満足に整備されていなかった時代だ。
昨日見た網走監獄の展示の通り、囚人たちによる過酷な中央道路の開削が始まったのは1891年(明治時代)になってからなのだから。
彼がこの地を探検していた頃は、手つかずの恐ろしい原野がどこまでも広がっていたはずだ。
そのような土地を自分の足だけで歩いて回るというのは、現代の我々には想像を絶する過酷さだったに違いない。毎日の食料が確保できる保証もなく、ヒグマなどの猛獣にいつ襲撃されるかもわからない死と隣り合わせの旅。
そんな背景を想像しながら彼の歌を眺めると、また違った重みと味わいがある。
偉大なる先人の旅に比べれば、私が今している車での北海道一周など、安全で快適すぎて「旅」と呼ぶのもおこがましいような気がしてくる。
しかしそれでも、「まだ見たことのない未知の景色を見たい」という純粋な欲求と喜びは、古今東西の旅人に共通する醍醐味なのだろう。
昔に比べて移動が楽になった分、私たちは世界のあちこちへ気軽に足を運べるようになった。これからも、見たことのない景色をたくさん探しに行きたいものだ。
知床自然センターとヒグマの森
町営駐車場を出発し、国道をさらに北へと進む。
ほどなくして「知床自然センター」に到着した。

漠然と「知床の自然や動物を見たい」と思っていただけで、具体的なプランがあったわけではない。とりあえず情報収集のために立ち寄ってみたのだ。

案内を見ると、このセンターの裏手から遊歩道が伸びており、歩いて「フレペの滝」という名所を見に行けるらしい。さっそく行ってみることにする。
センターの外に出ると、正面に雄大な知床連山が姿を現した。
一番右側にそびえているのが、日本百名山にも数えられる羅臼岳だろうか。

それにしても見事な快晴だ。
つい先ほどまでウトロの港で深い霧に包まれていたのが嘘のような、素晴らしい見晴らしである。山の天気は本当に変わりやすい。
遊歩道の入り口ゲートへ向かう。

整備された森の道を軽快に進んでいく。

ところが、少し進んだ先で道がロープで塞がれ、通行止めになっていた。

看板を見ると「ヒグマが出没する時期のため、このルートは立ち入り禁止」とある。リアルな警告に身が引き締まる。
知床のような本格的な大自然を歩く際は、身の安全のためにも熊よけ鈴を必ず携帯しておきたい。

どうやら、ここから少し離れた別の入り口から、迂回して滝へ向かうルートがあるらしい。気を取り直してそちらへ向かおう。
不気味な鳴き声とエゾシカの出会い
センター前の国道を少し歩いて移動する。



別の遊歩道の入り口に到着し、森の奥へと足を踏み入れる。

しばらく進むと、前方の視界にうっすらと靄(もや)がかかっているような気がする。

嫌な予感は的中し、またしても濃い霧の中に入ってしまった。

入り口付近ではあんなにスカッと晴れて見晴らしが良かったのに。今日はとことん霧に歓迎される(あるいは阻まれる)運命のようだ。
道の両側には背の高い熊笹が鬱蒼と茂り、いつヒグマが飛び出してきてもおかしくないような緊張感のある雰囲気だ。

いや、ヒグマどころか、得体の知れない恐ろしい化け物でも潜んでいそうな不気味さである。

森の中からは、ギーギーギーという得体のしれない鳥のさえずりが四方八方から反響して聞こえてくる。
と、その時、急に茂みの奥から「**ドヨヨヨヨヨヨ**」というような、低く奇妙な鳴き声が響き渡った。
あまりに不気味で思わず足が止まる。一体何が潜んでいるのだろうか。
恐る恐る視線を巡らせると、霧に霞む道の脇に、茶色い塊のようなものが落ちているのを見つけた。

最初はただの倒木か岩だと思ったのだが、望遠レンズでズームしてみると……。

立派な角を生やした、野生のエゾシカだった。

周囲をよく見ると、他にも何頭かのエゾシカが群れで静かに休んでいる。
先ほどの不気味な「ドヨヨヨ」という声は、警戒した彼らの鳴き声だったのに違いない。ヒグマでなくて本当に良かった。
何も見えない展望台と野鳥観察
ようやく、目的地の「フレペの滝展望台」に到着した。


しかし、展望台から海の方角を見回しても、分厚い霧の壁に阻まれて真っ白で何も見えない。
本来なら、眼下の切り立った崖から海へ落ちる美しいフレペの滝(乙女の涙)が見えるはずなのだが。

風が吹いて霧が晴れるのをしばらく待ってみたが、一向に視界が開ける気配がないため、諦めて引き返すことにした。

帰り道も、相変わらず霧が立ち込める不気味な雰囲気だ。
歩いていると、またしても道の脇でエゾシカを発見した。

エゾシカはお尻の毛が真っ白なので、森の中でも比較的簡単に見つけることができる。


辺りには相変わらず、様々な野鳥のさえずりが響いている。
せっかく望遠レンズを付けているのだから、少し野鳥探し(バードウォッチング)をしながら歩こう。
枯れ草の先端に、一羽の小さな鳥を発見した。

胸のオレンジ色が特徴的な「ノビタキ」だ。

道北の幌延ビジターセンターでも見かけた、北海道でおなじみの野鳥である。
少し進むと、また別の鳥を発見。
これもノビタキのようだ。

羽の色が薄いので、こちらはメスかもしれない。

さらに歩きながら次の獲物を探すと……。
またノビタキだった。

頭が真っ黒なこの個体は、おそらくオスだろう。

次に見つけたのも、やっぱりノビタキだ。

見渡す限りノビタキばかりである。
ようやく遊歩道の入り口付近まで戻ってきたところで、少し大きめの別の鳥を発見した。

Googleレンズで調べてみたところ、「アオジ」という鳥らしい。
足元には、鮮やかなオレンジ色の花が綺麗に咲き誇っている。

こちらも調べてみると、「エゾスカシユリ」という北海道の初夏を彩る花だそうだ。
滝は見られなかったが、動植物との出会いを楽しみながら、無事に知床自然センターへと戻った。