2日間にわたる長いドライブを経て、ついに青森県の恐山菩提寺に到着しました。
この記事では、恐山の宿坊「吉祥閣(きっしょうかく)」での宿泊体験や、硫黄香る温泉、精進料理、そして早朝のお勤めの様子をお届けします。
恐山菩提寺に到着。いざ宿坊へ
山道を抜け、急に目の前に現れた宇曽利山湖を見たとき、「ようやくたどり着いた」という深い感慨で言葉が出ませんでした。

道なりに進み、広大な駐車場に車を停めます。

車を降りて振り返ると、宇曽利山湖が静かに広がっていました。

総門に向かって右手には、土産物屋や食事処、お手洗いがあります。ちょうどお昼時だったので、食事処で山菜うどんをいただきました。
本当はそばを食べたかったのですが、注文の際にうっかり間違えてしまいました。長旅の疲れで、深層心理では消化の良いうどんを求めていたのかもしれません。山菜と天かすがたっぷり乗った、体に染み渡る美味しさでした。
腹ごしらえを済ませ、総門前の受付へ。宿坊を予約している旨を伝え、入山料の500円を支払います。入場券とパンフレットを受け取り、いよいよ門の内側へ入ります。

この日は台風が接近しており、危険なため宇曽利山湖のほとりへは行かないよう注意を受けました。水辺を歩いてみたかったのですが、自然には逆らえません。
(3年後、北海道一周の帰りに再訪し、無事歩くことができました)
境内を進むと、地蔵殿が見えてきました。

地面のあちこちが硫黄で黄色く変色しています。地蔵殿の左手には、まるで別世界のような荒涼とした景色が広がっていました。

一般的なお寺といえば、手入れされた庭園や整然と並ぶお堂を思い浮かべます。しかし恐山は、すぐ横に岩と砂の無機質な世界が広がっており、非常に異質な空間でした。
地蔵殿の右手を見ると、宿坊へと続く長い渡り廊下が見えます。

この廊下の奥が、今夜お世話になる宿坊「吉祥閣」です。風雨が強くなってきたため、境内散策は切り上げて館内に入ることにしました。
※お堂や宿坊の内部は撮影禁止となっているため、館内の写真はありません。
宿坊「吉祥閣」での時間と、極上の温泉
玄関でスリッパに履き替え、右手の受付へ。受付の方が偶然にも私の地元近くに縁がある方で、思わぬローカルトークに花が咲きました。
案内された2階の部屋は、古き良き純和風旅館のような佇まいでした。一人で使うには申し訳なくなるほどの広さです。部屋の隅にはすでに布団が敷かれていました。
大きな窓からは境内の様子が一望でき、先ほど見た長い回廊が見えます。広々とした静かな部屋にポツンと一人。何もしない贅沢な時間の始まりです。
まずは長旅の汗を流すため、1階にある内湯の温泉へ向かいました。
(恐山の境内には外湯もいくつかありますが、今回は内湯のみを利用しました。写真は後年訪れた際の外湯の様子です)

内湯は洗い場も浴槽も広く、運良く貸し切り状態でした。硫黄の香りが強く、いかにも効能がありそうなお湯です。
受付でいただいた注意書きには「湯で顔を洗ったり、頭から浴びたりしないで下さい」と記されていました。

少しだけ開いた窓から吹き込む涼しい風を感じながら、熱い湯に身を沈めます。新潟から走り続けた長距離ドライブの疲労が、湯の中に溶け出していくようでした。
座禅と精進料理。自分を見つめ直す夜
部屋に戻り、夕食までの時間は壁に向かって静かに座禅を組みました。
その後は、部屋に置かれていた日常生活のなかの禅という本を手に取りました。
日々の仕事や学業に追われていると、立ち止まる余裕がなくなります。電波も繋がりにくい宿坊という環境は、自分自身を静かに見つめ直すのに最適でした。
夕食の時間になり、会場へ向かいます。指定された席には、野菜の天麩羅や煮物など、見た目にも美しい精進料理が並んでいました。
食事の前に、職僧の方が「五観の偈(ごかんのげ)」について解説をしてくださいます。

「この食事は多くの人の手を経てここにある」「自分はこれをいただくに値する行いをしているか」——職僧の方の言葉を心の中で反芻します。
道元禅師の赴粥飯法にも記されている通り、食を通じて自分の行動を省みることも、大切な修行の一つなのでしょう。
これほど真剣に、そして感謝をもって食事に向き合ったのは初めてでした。
食事が終わり部屋に戻ると、まだ19時前。持参した南直哉さんの本を再読し、21時には自然と眠りにつきました。
早朝のお勤めと、南直哉さんとの対面
翌朝は6時に起床の放送が入り、6時半からお勤めが始まります。
長い渡り廊下を歩いて地蔵殿へ向かうと、一番乗りでした。畳の上に座って待っていると、3名のお坊さんが入堂されました。
ふと顔を上げると、その中の一人が、院代の南直哉さんでした。
大学生のころから著書を読み、生きるヒントをもらっていた方に、この恐山の地でついにお会いできたのです。静かな感動が胸に込み上げました。
宿泊者全員の名前が読み上げられてご祈祷を受け、その後は本堂へ移動してのお焼香。作法が分からなくても、周りの方を見様見真似で行えば大丈夫です。
お勤めの後は、夕食と同じく五観の偈を唱えて朝食をいただき、宿坊での予定はすべて終了しました。
恐山は「パワーレススポット」だった
チェックアウト後、少しだけ時間があったので、前日は行けなかった宇曽利山湖の方面へ歩いてみました。


所々に積まれた石や風車。その風景からは、恐ろしさではなく、どこか懐かしく切ない、寂寥感のようなものが漂っていました。

慌ただしく訪れた恐山でしたが、南直哉さんの著書に書かれていた「パワーレススポット」という言葉が、すとんと胸に落ちました。
力強いエネルギーをもらう場所ではなく、自分の弱さや寂しさを、そのまま受け止めてくれる場所。だからこそ、多くの人がこの地に思いを馳せるのでしょう。
服に染み付いた硫黄の匂いとともに、忘れられない一人旅となりました。

